大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 昭和35年(ワ)105号 判決

申請人 高橋秀宜 外七〇名

被申請人 社団法人全日本検数協会

主文

被告は原告らに対し、それぞれ別紙目録認容額欄記載の金員、およびこれに対する昭和三五年二月二七日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は、原告らが、合せて金一〇〇、〇〇〇円の担保をたてることを条件に仮に執行することができる。

事実

一、申立

(1)  原告ら

主文同旨の判決ならびに仮執行の宣言

(2)  被告

原告らの請求棄却、訴訟費用原告ら負担の判決

二、原告らの主張

(1)  (原告らの地位)原告らは被告神戸支部(以下神戸支部という)の従業員であり、神戸支部従業員で組織されている全日本検数協会神戸支部労働組合(以下組合という)の組合員である。

(2)  (本件争議の発端)組合は、昭和三四年一一月一日頃、被告に対し、五〇、〇〇〇円の越年資金を要求した。この要求額は、組合員の越年のために必要であり、また被告と同業の日本検数、扇港検数が何れも四〇、〇〇〇円台の越年資金を支払つたことからも知られるように、被告の経理上可能な額でもあつた。

しかし、被告は同月二一日、二二日の両日にわたつて、被告本部(以下本部という)のある東京で開かれた中央経営協議会において、組合の要求に対し、二二、〇〇〇円の回答をした。

(3)  (神戸支部の団体交渉拒否)そこで、組合は、要求貫徹のため、同月二三日頃からたびたび、神戸支部に団交を申入れたが、神戸支部は、誠意を示すことなく、正当な理由がないのに、これを拒否した。

たとえ、被告主張のように、神戸支部に交渉事項についての処分権がないとしても、本、支店の組織がある企業体におけるのと同様、神戸支部は、本部の窓口として、誠意をもつて組合との団体交渉にあたり、組合の意向を充分に聞いて本部に伝達し、あるいは本部の意向を組合に説示し、本部や組合を説得して、紛争の円満な解決に資する義務がある。

しかし、本件の場合、神戸支部長は、有力な本部理事であることからみて、神戸支部は右にいう窓口以上の役割を果すことができたのであり、また、組合と被告間に、団交を本部のある東京で開くというような慣行は、もともとなかつたのである。しかも、組合が各支部の業績に応じた越年資金の配分を主張するのが、本件争議の大きな対立点の一つでもあつたのであるから、組合が支部団交を求めたことには正当な理由があつたのである。

もし、被告の主張するように、団交が東京でなければ開かれないものとすれば、組合は、団交の度に代表者を神戸から東京まで送らねばならないことになり、組合の時間的経済的負担にはたえがたいものがあり、組合は、もはや、団結の示威の背景のもとに有利な交渉をすることができなくなるのである。この点の被告の主張は、支店、支部の単位組合の団交権を事実上否定する不当な見解である。

このように、神戸支部の団交拒否は、正当理由を欠き、不当労働行為である。

(4)  (組合の争議行為開始)この団交拒否に対し、組合は、昭和三四年一一月二六日に、神戸支部に対して時間外労働協定破棄を通告し、同月二七日には闘争宣言を発し、翌二八日以降、時間外就労を拒否し、ストライキを行つて、団交を要求し、組合要求額の越年資金の支給を求めた。このように、組合の争議行為は、被告の違法な不当労働行為に対抗するものであつて、適法正当の行為である。

(5)  (本部の団交拒否)その結果、組合の申入により、昭和三四年一二月三日、組合、神戸支部長の合意の上、現状を維持し、新たな闘争指令を出さないという前提で、同月六日に東京で本部との団交を行うことになつた。しかし、これは被告主張のように、被告の申入によるものではない。被告から団交申入をしたことは一度もないのである。

そこで、組合代表者が上京したところ、本部は団交の前提として、組合が闘争体制を解くことを求め、あるいは、当初から、組合が被告の二二、〇〇〇円の回答を呑まなければ交渉しても無駄であると称して、官僚的な態度で臨んだため、被告の回答の合理的説明や神戸支部の業績の開示をしないのは勿論、実質的団交はまつたく行なわれなかつたのである。

このように、本部が、当然拘束される組合、神戸支部長間の合意を無視し、無条件で応じなければならない団交の開始に条件をつけ、更には実質的団交に応じなかつたことは、前記の神戸支部の態度と同様、正当理由のない団交拒否であつて、不当労働行為である。

(6)  (原告らの争議行為)このような被告の一貫した不当労働行為に対抗し、組合は、団交に応じることを求め、そして(その団交を通じて)組合の越年資金の要求を貫徹するために、昭和三四年一二月八日から同月一八日までの間、次のとおり、争議行為を指令し、原告らは、その指令に従つてそれに参加した。

(イ)  八日、ドンホルム号に関する午後五時以後の指名船(被告の現場従業員は、日日それぞれの船に配置されて検数作業につくのであるが、その各作業現場の船のうち特定の船―この場合、ドンホルム号―を指定すること)時間外作業拒否(別紙目録(一)記載の原告高橋秀宜外一二名参加)

(ロ)  九日、神戸支部内勤事務時限(一時間)スト(別紙目録(二)記載の原告小林淳外二七名参加)

(ハ)  一三日、海上業務八時間指名(人を、配置された船と無関係に、指定すること)スト(別紙目録(三)記載の原告三島弥太郎外五名参加)

(ニ)  一五日、右(ハ)に同じ(別紙目録(四)記載の原告安田善亮外七名参加)

(ホ)  一六日、右に同じ(別紙目録(五)記載の原告前田昇作外七名参加)

(ヘ)  一八日、右に同じ(別紙目録(六)記載の原告宮田美作外七名参加)

(7)  (被告の就労拒否)右の争議行為に先立ち、神戸支部長は、昭和三四年一二月八日頃組合に対し、同日以後争議行為に参加した者はその指令解除後も争議解決まで就業させないと通告するとともに、支部建物にも同旨の掲示をした。

そして、別紙目録(二)記載の内勤者を除く原告らが、それぞれ、右各争議行為参加の翌日から、組合方針に従つて、就労しようとしたところ、就労を拒まれ、以後、争議解決の日まで、就労できなかつた。

他方、右内勤者は、時限ストの翌日から平常の勤務をしたが、使用者側はこれを黙認したにとどまらず、業務上の指示さえして、右原告らの正常な就労の効果を受領したのである。

(8)  (被告の賃金不払)本件争議は、組合が被告の回答を呑むことによつて、昭和三四年一二月一九日妥結解決した。

しかし、被告は、前記(6)記載の各争議行為に参加した原告らに対しては、その各争議行為参加の翌日から、右争議解決の日まで(従つて、別紙目録(六)記載の原告らについては一九日だけ)の賃金を支払わない。

(9)  (被告の賃金支払義務)前記内勤者以外の原告らの就労不能は、被告の受領拒絶(遅滞)によるものにほかならないから、被告は、平常どおり就労した内勤者に対するのと同様、就労不能期間の賃金の支払義務を負担するものである。

(10)  (使用者の争議行為の不免責性)被告は、原告らに対するロツクアウトの結果、賃金支払義務を免れたと主張するが、使用者の争議行為には、それが正当であるかどうかの問題にかかわりなく、一般に、免責効果は認められないと解すべきである。

(11)  (内勤者に対するロツクアウトの不成立)もし、右の使用者の争議行為不免責の見解が容れられないとしても、別紙目録(二)記載の内勤者である原告らに対しては、ロツクアウトの宣言はあつたとしても、被告がその就労を黙認していたことは前述のとおりであるから、被告に、その就労拒絶の意思がなかつたとみるべきであり、しかも、ロツクアウトには事実上の閉め出しが行なわれなければならないから、右原告らに対するロツクアウトは成立していなかつたものである。

(12)  (ロツクアウトの違法性)仮に、ロツクアウトが宣言のみで足るとしても、次の理由で、被告のロツクアウトは正当な組合活動を阻害し、組合の団結破壊を目指す、悪意あるものであつて、違法である。

(イ)  前述の不当な団交拒否(組合の組織否認)を継続一貫するための手段としてなされたものであり、その目的が違法であるからには、その手段であるロツクアウトもまた違法である。

(ロ)  組合の指令に従つて争議行為に加わつた者に対し、そのことの故にロツクアウトし、賃金を支払わないことは、正当な組合活動をしたことを理由に不利益な取扱をするものであつて、労働組合法七条一項に違反する不当労働行為である。しかも、それを超えて、このロツクアウトは、対象とされた者を、組合の指令をうけなかつた組合員へのみせしめとする対人的報復的なものである。ロツクアウトは、公平の原則からも、全員を対象とすれば格別、特定の一部の組合員に対してのみ行うことは許されない。

(13)  (免責理由の不存在)右の問題は別としても、ロツクアウトは、企業の存立、企業設備の安全を確保するために、緊急やむをえない場合に限り許され、免責されるというべきであるが、被告の本件ロツクアウトに際しては、そのような事情はなかつた。

(14)  (原告らの賃料債権額)以上のとおり、被告は、何れにしても、被告の所為による原告らの就労不能ないし賃金不払期間について、原告らとの雇傭契約上の賃金債務を免れることができないのであるが、原告らの一日あたりの平均賃金額は別紙目録相当欄記載のとおりであり、それに原告らの各就労不能ないし賃金不払期間を乗じたものが原告らの債権額である。

(15)  (原告らの請求)よつて、原告らは、被告に対し、右債権額以下である別紙目録認容額欄記載の賃金、およびこれに対する本件訴状送達によつて支払催告のなされた昭和三五年二月二六日の翌日から支払ずみまで、年五分の民事法定利率による遅延損害金の支払を求める。

三、被告の主張

(1)  (自白)原告主張事実中、(1)(原告の地位)、(2)(本件争議の発端、ただし組合要求額の正当性の点を除く)、(3)(神戸支部の団交拒否、ただし支部団交の拒否の点だけ)、(4)(組合の争議行為開始、ただし、その適法性、正当性、動機の点を除く)、(6)(原告らの争議行為)、(7)(被告の就労拒否、ただし、内勤者の就労の点を除く)、(8)(被告の賃料不払)、(14)(原告らの賃金債権額、ただし、平均賃金額のみ)の各事実は認める。

(2)  (神戸支部の団交拒否の正当性)被告は、東京の本部の外、神戸を含め五つの各地の港所在地に支部をもつのであるが、公益性の強い法人であるため、たとえ、支部の業績が悪化したとしても簡単にその廃止、縮少をすることは許されないのである。従つて、越年資金支給を含め、従業員の給与に関する問題は、本部において統一、綜合的に定められねばならず、内部職制上も、その処分権は本部のみが有し、支部にはない。問題となる事項について処分権のない機関が交渉単位になれないことは勿論である。

しかも、越年資金のような種類の事項については、本部だけが交渉にあたるということが、従前からの慣行であり、組合もこれを了解していたものである。

そして、神戸支部は、団交拒否にあたつて、本部との団交には何時でも応じるとの被告の意向を併せ伝えているのであるから、単なる団交拒否ではない。

それ故、神戸支部の団交拒否には正当な理由があるのである。

ただ処分権限のない出先機関でも、団交以前の予備的交渉に応じる義務はあるといわねばならないが、神戸支部は、現に、組合と東京での団交の段取りの打合せを行い、組合の意向をある程度打診して本部に連絡するなどして、右の限度での、予備的交渉の義務は充分に尽しているのである。

(3)  (本部の団交)原告らは、本部も団交を拒否したと主張するが、既に昭和三四年一一月二〇、二一日の中央経営協議会において団交は行われているし、その際も、そしてその後も、被告は組合に対し、本部における団交を申入れているのである。

それにも拘わらず、組合は神戸支部との団交を固執し、同月二七日にも被告から本部における交渉の申入がなされたのに、それを無視して闘争宣言を発し、翌二八日の時間外就労拒否に続き、翌二九、三〇日には指名船スト、翌一二月一日には全面スト、翌二日から七日までは指名船ストを行つたのである。

その間、組合は、ようやく被告の申入に応じるに至り、同月六、七日の両日、東京で団交が開かれたのである。原告らは、この交渉が団交でないと主張するが、被告が組合の要求に応じないという態度で交渉に臨んだとしても、当事者がその主張を譲歩しないからこそ交渉の必要があるのであるから、それだけで、団交がなかつたといえないのは当然である。

(4)  (組合の争議行為の不当性)右のように、組合は、被告からの本部における団交の申入を、神戸支部との交渉を固執して拒み中央経営協議会で被告の回答が示された後、従前の例に従つて他の支部の意向を取りまとめて被告に回答することもなく、僅か一週間後に、ついに、一回の本部との交渉ももたずに争議行為に突入し、しかも、団交の行われた間(一二月六、七日)もストを止めなかつたものであるが、これは、従前からの慣行を無視し、自ら平和的交渉による解決を放棄したもので、信義に反した不当の先制的争議行為である。

(5)  (ロツクアウトの正当性)被告は、主として荷主側の依頼を受け、荷主の代行として、検数業、すなわち、海上運送貨物の受渡とそれに附随する業務を行うものであるが、その作業は、本来、時間的制約の強い荷役に関するものである。従つて、予定に基いて人員を配置、準備しなければ、業務の円滑な運営ができないのである。

それ故、本件争議のように組合の指名船ストによつて、一定の船舶における検数作業が拒否されることになると、何時どの船が指定されるかは、被告には当日にならねば判らぬこととなり、業務全般の正常な運営は到底期待できず、作業全体の人員配置にも影響し、顧客の荷役予定、ひいては船の出航予定が立たず、被告の信用は大きく失われることになるのである。

そこで、被告は既に昭和三四年一二月始めから、組合に対し、指名船ストを繰返すと就業禁止をすることになると警告していたのであるが、組合は、同月八日には輸出船ドンホルム号についてストを指令するに至つたのである。輸出船は、七日までの指名船ストの対象であつた入航船と異り、作業上ストによる支障が特に重大であるので、被告は、同日、作業配置されたものは直ちに就業するよう業務命令を発すると共に、この命令に反したものには、組合の指令解除後もロツクアウトする旨の通告掲示をしたのである。

このように、本件ロツクアウトは、組合の不当な争議行為に対し、業務の正常な運営が期待できないような労務の提供方法を拒む趣旨で、企業防衛上緊急やむをえない対抗手段として行つたものであり、しかも、次項に説くように、最小限の方法によつたものであるから正当な争議行為である。

(6)  (ロツクアウトの方法の適法性)原告らは、本件ロツクアウトが対人的部分的であつたことから、不当労働行為であると非難するが、ロツクアウトを争議行為として認めるからには、それをどのような形で行うかは、業種、作業ないし作業場の態様による制約の範囲内で、専ら使用者の戦術的考慮によつて決定されるべきである。

そして、本件ロツクアウトは、被告が、全面的ロツクアウトは企業の維持の上から不可能であると判断して、指名(船)ストという組合の争議行為の態様に応じた最小限の最も有効な措置として行つたものである。

この場合、ロツクアウトはいわゆる組合幹部、活動家を指示するものではなく、不特定の者に向けられ、組合のスト指令による組合の任意の選択にまかされているのであるから、組合の団結権の侵害を意図するものではない。もし、結果において団結が犯されたとしても、それは、部分ストの継続により組合員中スト参加者のみが賃金債権を失う場合と変りはない。

原告らがロツクアウトの制限を主張しながら、ロツクアウトが部分的にされてはならないと主張するのは矛盾である。

(7)  (内勤者に対するロツクアウトの成立)本来、ロツクアウトは、就労拒否の意思の通知のみによつて成立すると解すべきである。

そして、本件の場合、前記の就労拒否の宣言(通告、掲示)の外、内勤者以外の原告らに対しては、作業配置をしないことによる事実的閉め出しも行なわれているのであるが、内勤者に対しては、その作業場が非組合員と同じ事務室であるため、非組合員の出入のために、事務室の入口の事実上の閉鎖をすることはできなかつた。

内勤者は、それに乗じて事務室に入室し、勝手に就労しているような態度をとつていたに過ぎず、原告ら主張のように、正常の業務に服していたものではない。

また、その行為は、正当なロツクアウトを犯したもので、それ自体違法であるから、依然として、ロツクアウトの効果はこれらの者にも及んでいるのである。

(8)  (被告の賃金債務の免責)以上のとおり、原告らに対しては、被告の適法正当なロツクアウトがなされているのであるから、双務契約上の信義の原則からも、労使対等の原則からも、被告の原告らに対する賃金債務が免責されるのは勿論である。

よつて、原告らの本訴請求は失当である。

四、証拠〈省略〉

理由

一、(前提事実)原告らが神戸支部従業員であり、組合の構成員であること、被告が、昭和三四年一二月八日、同日以後争議行為に参加したものは、その参加の翌日から争議解決の日まで就労させない旨組合に通告するとともに、神戸支部建物に同旨の掲示をしたこと、原告らが、同日から同月一八日までの間に、原告らの主張(6)のとおり争議行為に各参加したこと、そして、別紙目録(二)記載の内勤者を除く原告らが、争議行為各参加の翌日から本件争議の解決した同月一九日まで、被告の拒否により就労できなかつたこと、原告らが被告から、右不就労期間中の賃金の支払を受けていないことは当事者間に争いがない。そして、被告は、右就労拒否の通告、掲示にもかかわらず、内勤者は平常どおり就労したとの原告らの主張を争うが、この原告らの主張が認められないとしても、内勤者の就労ができなかつたこと、あるいは完全でないことが被告の拒否によるものであることを自認しているのである。

この事実によれば、被告と原告らの間の雇傭契約に基く、原告らの労務提供債務は、被告の拒否により、その履行が(内勤者については少くとも)不能になつたものといわねばならないから(原告らが被告の拒否によつて就労できなかつたということは、原告らに就労意思があつたことを前提とするものというべきであるが、証人岸本平八の証言によれば、原告らが就労意思をもち、現に労務の現実の提供をしていたことが認められるのである。)その拒否について被告に免責事由のない限り、民法五三六条二項本文により、被告はその反対給付である賃金の支払義務を免れないのである。(内勤者が原告ら主張のとおり平常な就労をしたのであれば勿論のこと、たとえ、就労できず、あるいは就労が不完全であつたとしても、その不就労、不完全就労が被告の拒否によるものであるからには、被告の拒否が免責されない限り、何れにせよ、被告は内勤者に対する賃金支払義務を免れない。)

二、(使用者の争議行為の免責)そこで、被告は、正当なロックアウトによる免責を主張するのであるが、これに対し、原告らは、先ず、ロツクアウトの正当であるか否かにかかわらず、一般に使用者の争議行為に免責効果はないと主張する。

なるほど、争議行為の免責を規定する明文は、労働組合法八条だけであり、しかも、同条は労働者の争議行為についてのみ規定しているに過ぎない。

しかし、労働組合法は、争議行為一般を規律するものではなく、また例えば、公共企業体労働関係法一七条が、特に公共企業体などに作業所閉鎖を禁じていること(一般にロツクアウトが違法であれば、禁止の必要はない)、更には正しい意味での争議行為対等、公平の原則からも、使用者に免責の余地をまつたく認めないのは不当である。

たゞ、ロツクアウトは、労働者のストライキと対応する使用者の争議行為であり、社会法上も是認される権利であるけれども、労使は社会的経済的実力の意味においては対当といえないし、ストライキが労働者の生存権上の切実な要求を貫徹するために行なわれるのを通常とするのに比べ、ロツクアウトは企業の存立維持を最少限度の目的とするものではないのが通常であり、ことに免責的ロツクアウトは、労働者に対し致命的な威力をもつものである。従つてストライキとロツクアウトを法形式的意味における対当な権利として取扱うのは適当でなく、むしろ、一般的には、使用者の行うロツクアウトは免責されないと解すべきである。そして、労働者の争議行為が正当であるとしても余りにも強烈であるため、それによる使用者の損害が、労使対等を実現するために労働法が容認する限度を超えて、余りにも大きくなり、市民法的な労使の力関係が逆転し、そのまま放置すれば、労働者の主張が一方的に押しつけられるとみられるに至つた場合には、右の使用者の一般的不免責の限界をこえたものとして、その逆転した力関係を、労働者の力と同等にまで戻すために、使用者が争議行為を適法に、免責的に行うことが許されると考えねばならない。現行労働法は、労働者に、使用者と対等の地位を与えるために団結権、争議権を認めるものであつて、使用者を労働者の勢力以下に圧倒する力を与えようとするものでないことはいうをまたないところである。

それ故、この不免責の限界をこえるものと認められるためには、民法の領域においても当然に免責される緊急避難の要件をも具えるものは別として、労働者の争議行為により企業の存立がおびやかされるような急迫した具体的危険性の存在すること、ないし、それに類する緊急性が必要であると考えるべきである。

三、(組合の争議行為の正当性)しかし、免責事由の判断について、純粋に使用者側の事情だけが問題となるものではなく、労働者の争議行為が不当、違法である場合には、民法上の正当防衛の成立する余地のあることはいうまでもないが、その程度に至らない場合にも、労働法上の免責が、基本的には争議行為対等の原則、公平の原則からの帰結であるからには、労働者側の難点を免責事由の判断資料から除外することは相当でない。

その意味で、組合の争議行為が不当であるという被告の主張が、本件ロツクアウトの免責事由の判断にあたつて、先ず検討されねばならない。

被告は、最初に、組合が、従前の慣行に反し、被告の本部における団交申入を拒否し、中央経営協議会における被告の回答に対し、各支部の意見をとりまとめて組合の態度を示さなかつたと主張し、本件各証人の供述によれば、昭和三三年の夏期手当、越年資金、昭和三四年の賃金改訂、夏期手当に関する被告とその従業員との団交は、場合によつては中央経営協議会もかねて、いずれも東京で開かれ、そこで解決したことが認められる。

しかし、この事実は、証人天野栄之助、中野嘉吉、海田浩明、瀬鴻茂治の供述により明らかな、被告の設立は昭和三〇年より後であり、各支部の経理の統一ができたのは同三四年四月であつて、その頃、組合が、それまでの各支部を統合していた組織を離れ、神戸支部を単位とする単一労働組合として発足したものであり、被告と組合の間に労使の交渉方式に関する特別の協約はなかつたという事実からみれば、それをもつて、団交は本部でのみ行い、支部では行わないというような、組合を拘束する慣行があつたと解することは到底不可能である。

更にまた、成立に争いのない乙第五(甲第二)号証、証人田口定雄の供述により真正に成立したものと認められる乙第四号証の三によれば、被告は、組合の神戸支部との団交申入に対し、それを拒む理由として、本部との団交には何時でも応じるとの意思を表明したことは明らかであるが、本件全証拠によるも、被告が組合に団交を申入れた事実を認めるに足る証拠はない。かえつて、昭和三四年一二月六、七日の東京における被告と組合との接触も、組合の申入れによるものであつたことは証人岸本平八、田口、中野の各供述により明らかである。

そして、証人中野の供述によれば、被告の回答の後、五、六日の間をあけて、も一度団交を開くのが、それまでの例であつたことが認められるが、それが組合を拘束し、それに反したことを非難できるような慣行であつたと認められないのは前記の場合と同様である。

次いで、被告は、組合は被告の本部団交の申入を拒み、団交をしないで争議行為に突入し、昭和三四年一二月六、七日の団交の間もストを止めなかつたから、自ら平和的交渉による解決を放棄したものであると主張するが、被告が団交申入をしなかつたことは右認定のとおりであり、また、労使の主張の差が極めて大きく、しかも、本件争議が相当激しい争議であつたにもかかわらず、結局、組合の全面的屈服によつて解決したという当事者間に争いのない事実からも、被告の態度が極めて強硬であつて、当初から、単なる平和的交渉のみによつて譲歩する見込はなかつたことが推認されるのである。そして、このような激しい対立のもとに始められた組合の争議行為は、証人天野の供述により認められるように、神戸支部の団交拒否に対して抗議し、支部団交を要求するとともに、組合要求額獲得を目的とするものであつたのであるから、平和的交渉による解決の見込があるのに、交渉なしに直ちに争議行為に入つた場合と異り、それをもつて不当であるということはできない。

更にまた、昭和三四年一二月六、七日の東京での労使接触の間もスト状態が存続したことは証人海田の供述により明らかであるが、本件のように使用者側の態度が強硬な場合に、組合が争議行為による圧力を加えながら団交に臨むことの許されるのは勿論である。しかも、証人中野、海野の各供述、同供述により真正に成立したものと認められる甲第九号証によれば、右の接触は、使用者側の一方的意思を固執し、団交といい得るものでなく、被告が組合のスト継続を理由に団交を拒否したことなどを確認するに留つたことが明らかである。

このように被告の組合の争議行為に対する非難は、すべて失当であるが、むしろ、右の本部での団交拒否は勿論のこと、先ず、被告が神戸支部との団交を拒否したことこそ不当であるといわねばならないのである。

被告主張のように、被告内部の事務権限の分配上、神戸支部に越年資金について組合と独自の協定を結ぶ権限の与えられていなかつたことは証人中野、瀬鴻の各証言、および、それにより真正に成立したものと認められる乙第九号証により認められる。

しかし、本件のように、本部から離れて所在する神戸支部に単一労働組合が結成されていて、交渉方式に格別の合意のなされていない場合には、労働関係調整法二条の要求する誠意ある自主的解決の努力の義務を果すためには、神戸支部は本部との団交の段取りを定める予備的交渉に応じるだけでは足りず、組合の主張を聞き、(本部が譲歩する余地がないならば)本部の意向を伝え、組合を説得する義務を免れないのである。

従つて、このような被告の態度に誘発された組合の争議行為は、正当、適法であるといわねばならないのである。

四、(ロツクアウトの不当性)このように、組合の争議行為に非難すべきものがないとすれば、本件ロツクアウトの正当性の有無の判断にとつては、も早や、被告側の事情が問題となるだけである。

そして、被告がその具体的正当事由として主張するのは、検数業が予定に基いて人員配置をしなければならないのに、指名(船)ストが行われれば、全体の人員配置に影響し、業務全般の円滑な運営が阻害されるので、得意先に迷惑をかけ、被告の信用が失われるのであるが、特に昭和三四年一二月八日のドンホルム号の時間外労務拒否による支障は重大であるというに尽きる。そして証人田口、瀬鴻らは、指名船ストによる現場作業員の人員配置に関する事務上の障害が大きいと強調するが、その趣旨は結局、一旦人員配置をした後、作業開始前にスト船が指定されるので、その後、スト人員の代替要員を調達するのが困難であるというのである。しかも、証人瀬鴻によれば、神戸支部の検数作業は一日平均六〇隻であるのに、昭和三四年一二月七日までの指名船ストは最低三隻、最高一一隻に関するものであり、同月八日以後のスト参加者は、内勤者二八名を入れても、総従業員六〇〇名余の一割程度であつたのであるから、その代替要員調達そのものが、業務全般についての大きな障害であつたということはできない。あえて、全般的なものを求めるとしても、高々、どの船が指定されるかが判るまでの不安があるに過ぎないのである。その上証人海田、岸本、田口らによれば、争議全般を通じて、スト船の作業は完全であつたとはいえないとしても組合がピケを張らなかつたので、非組合員や被告が手配した他の業者によつて、一応遂行されたことが認められるから、現実に業務全般の円滑な遂行が著しく阻害されたとも、その緊迫した危険性があつたとも考えられないのである。

また、ドンホルム号のような輸出船の作業を、中途から拒否された場合、それを引継ぐ手続は容易でなく、作業が遅延したため出航がおくれた時の影響が対国際的信用とも絡み、特に重大であることは、証人田口、瀬鴻の各証言により明らかであるが、これも、証人岸本、海田の各供述によれば、組合は、午後五時以後の時間外就労を拒否するにあたつて、当日午後四時には、一時間後の作業拒否を伝える正式文書を手交し、しかも、被告側は、それ以前に知つていて、結局、被告側の代替作業員によつて作業が引継がれて定時に出航したことが認められるのである。

更に、被告は、組合の争議行為によつて得意先に迷惑をかけ、被告の信用を傷けたと主張するが、そのことは、それ自体、争議行為に不可避の結果である。ただ、その程度が余りに大きい場合には問題であるが、本件全証拠によると、争議について通常予想される限度をこえてそのような事態があつたと認めることはできない。

むしろ、証人中野の供述するところによれば、被告方で労働争議が多く、被告が弱腰であるという非難が被告の得意先から出たので、被告はそれを重視し、得意先の了解と支援をえて、本件ロツクアウトをするに至つたと認められるのであるが、このような非難、それによる被告の信用失墜は、到底、ロツクアウトの正当性を基礎づけるものではないのである。

最後に、証人田口、瀬鴻は、組合のストにより住友倉庫の仕事が他の検数業者に流れ、またその他の得意先がそのような準備を始めているという情報があつたと供述するが、証人瀬鴻によれば、住友倉庫の仕事はその後被告の働きかけでとり戻していることが認められるから、確定的に失つたものともみられず、また、本件全証拠によるも住友倉庫の仕事が神戸支部の全作業中大きな比重を占めるものであつたことも、その他の得意先が他の業者に移ることの蓋然性が高いものであつたことも認められないのである。

以上に検討したとおり、別紙目録の各グループの原告らに対して、それぞれ現実に(内勤者の問題を除く)就業拒否がなされ、本件ロツクアウトが完全に成立したいずれの時点においても、組合の争議行為による被告の損害が、通常予想される程度をこえることさえ認められず、ロツクアウトを正当化するにたる事由を認めることができないのであるから、本件ロツクアウトは正当性を欠くものと判断しなければならない。

五、(その余の争いの判断の省略)このように、本件ロツクアウトが正当性を欠き賃金支払義務免責の効果が認められないとすれば、前記一項で指摘したように、その余の争点の判断をまつまでもなく、被告が原告らに対し、係争期間の賃金支払義務を負担することは明らかである。

六、(債権額)原告らの一日あたりの平均賃金額が別紙目録相当欄記載のとおりであること、原告らの争議行為参加の翌日から争議解決の日までの期間(内勤者を除く原告らの就労不能期間)が原告主張のとおりであることは当事者間に争いがない。従つて、右平均賃金額に右各期間、すなはち、別紙目録(一)記載の原告らは一一日、同(二)記載の原告らは一〇日、同(三)記載の原告らは六日、同(四)記載の原告らは四日、同(五)記載の原告らは三日、同(六)記載の原告らは一日を乗じたものが原告らの各賃金債権額であり、それは、いずれも、別紙目録認容額欄記載の各金額を下らない。

七、(遅延損害金)本件訴状送達により、昭和三五年二月二六日、原告らの被告に対する右賃金の支払催告がなされたことは本件記録により当裁判所に顕著な事実であるから、被告は、右催告の翌日から支払ずみまで、各年五分の民事法定利率による遅延損害金の支払義務を負うものである。

八、(結論)従つて、原告らの各請求は正当としてこれを認容し、訴訟費用負担について民事訴訟法八九条、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 原田久太郎 桑原勝市 米田泰邦)

(別紙目録省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例